「母さま、母さま、ちよいと見て、
雪がまじつて降つててよ。」
「ああ、降るのね。」とお母さま、
お裁縫(しごと)してるお母さま。
――氷雨の街をときどき行くは、
みんな似たよな傘ばかり。
「母さま、それでも七つ寢りや、
やつぱり正月來るでしよか。」
「ああ、來るのよ。」とお母さま、
春着縫つてるお母さま。
――このぬかるみが河ならいいな、
ひろい海なら、なほいいな。
「母さま、お舟がとほるのよ、
ぎいちら、ぎいちら、櫓をおして。」
「まあ、馬鹿だね。」とお母さま、
こちら向かないお母さま。
――さみしくあてる、左の頬に、
つめたいつめたい硝子です。
JULA出版局『金子みすゞ全集』より